アラサー女、ぼっち大学生を極める。
1年半ぶりに大学のスクーリングに参加した。
普段は通学課程の若者が溢れるキャンパスだが、灼熱降り注ぐ8月には、通信課程所属の老若男女がキャンパスを占有する。卒業要件充足には一定のスクーリング単位修得が必須となるためだ。
半期分の講義と科目試験をたった6日で強行突破、生徒のみならず講師までも極限に消耗させる恐ろしいスケジュールで進行する。
どうやら開催されるすべてとなる、3週間分のスクーリングに通う猛者も存在するらしい。(わたしはひそかに「全通」と呼んでいる。(*1))
普段はプログラマとして働いているが、会社から早めの夏休み1週間分をもらうことにより、スクーリング参加が可能となった。6日間の連泊が可能なホテルも確保をして、重たい荷物とともに新幹線でキャンパスに向かった。
* * *
講義初日、教室には開始1分前に滑り込んだ。
「うちの大学のことならなんでも聞いてください」と言わんばかりの腕章を付けた職員の方に、教室の位置を教えてもらえて助かった。
前回参加したスクーリングでは50代以降が中心だったが、教室を見渡すと今回は同年代が多そうだ。
今回は午前・午後に分けて、計2科目を受講する。
午前は必修の英語だが、いわゆる「大学生といえばこれ!」として想像するような大講義室での授業とは異なる。
15人ほどの少人数に対して講師1人が付き、きめ細やかに指導してくださる。
この少人数では陰キャがいくら存在感を消そうとも不可能である。初日にして顔と名前が一致するレベルで当てられたし、授業態度は評価にガッツリ加算される。当然ながらサボる余裕などは与えられない。
偶然、席が近かった同年代の女の子とペアワークをした。
他の通信課程の生徒と比較すると属性が近いことから、親近感が湧いていた。
休み時間になった。
教室に知らない女の子が突入してきた。
ドーナツの袋を携えた彼女は、女の子の席の隣に座り、談笑を始める。
しばらくすると二人に話しかけられたので、わたしは会話の輪に入った。
どうやら二人はもともと友人らしい。朝食だよー、と言ってドーナツを食べながら教えてくれた。
初日の英語の講義がなんとか終わり、1時間の昼休憩になる。午後からわたしは大講義室に移動して別の授業を受けに行く。
ペアワーク相手の女の子にお昼ご飯の予定を聞くため声をかけようとしたのだが、「じゃ、お疲れさま~!」と言って彼女は教室を出て行った。
悲しい。
ぼっち大学生の爆誕である。
スクーリングで新しい友人ができることに期待して、10年以上変えてなかったLINEのプロフ画像を変更してきたのに。
いやでも、わたし陰キャだし。別にいいよ。
チーズ牛丼の大盛りでも頼んでこようかな。
せっかくなので学食に赴き、鮭丼と窓際のおひとり様席を確保。
灼熱地獄にもかかわらず、外のベンチで通学課程の男女混合集団が涼しい顔で談笑している。
元気だなー、と眺めながら優雅にランチを楽しんだ。
* * *
2日目の英語の講義が終わった。
キャンパスを一歩出ると飲食店が非常に充実している。ランチ候補を思案しつつ、教室を出るとペアワーク相手の女の子と遭遇した。
これからドーナツの女の子と他の友達と学食に行くようで、よかったらどう?と誘ってくれた。
めでたくぼっち卒業である。
学食でうどんを購入、席で待っていると「ここいいですか?」と声をかけられた。
すでに連絡がいっていたらしく、その子はドーナツの女の子の友達であった。
全員揃ったので食べ始めた。これまでの人生においてまるで縁のなかった、実に大学生らしい光景である。
大学生活の話題になった。
「仕事も忙しいし、このスクーリング終わったら休学しようかと思ってー」「えー、寂しいー」
ペアワーク相手の子がわたしに聞いてきた。
「え、いま何単位取った?」
正直ここまでの2日間でとくにわたしにメリットのある情報が得られたわけでもなく、信頼関係が築けたとも思っていない。
しかも世の中には、在籍期間のわりに単位が取れてないことを批難してくる人が存在する。
わたしは家族も職場も非常に理解ある人に恵まれているので「完全に趣味です」と宣言したうえで、超マイペース社会人大学生をさせてもらっている。
毎年が「もう1年遊べるドン!」の留年し放題コースを突き進むわたしは慎重に答えた。
「いや、全然取ってないです(笑)」
「じゃあ0ですか?w」
「あー、0ですね。」
そこまで言って、わたしは黙ってうどんをすする。
陰キャ側からATフィールドが展開されてしまっており、もう全然ダメな会話の典型例である。
彼女にとっては単なる話題の一つであったが、わたしは無神経な質問にいらついて、会話を続ける気力を失った。
別の方向から話題が提供される。
学食で合流した子は、ドーナツの女の子と以前の講義で仲良くなり、今回のスクーリングで再会したらしい。その子は嬉々として、以前の講義の様子を話し始める。
スクーリングに参加する通信課程の生徒は、ホールに貼り出された掲示板の情報を頼りに、各自の判断で各教室に散らばっていく。
今回初日のわたしが職員の方を捕まえて教室の位置を聞けたのは、かなりラッキーであった。
教室に学生証の認証装置は存在しない。
自分が講義を受けている教室が正しいかどうか、他人からは教えてもらえない。出席を取られる講義であれば、そのタイミングで気づくチャンスが訪れるが、確認する機会が意外と来ない。
その子いわく、以前の講義にも参加する教室を間違えてしまったおばさまがいたらしい。
おばさまは熱血漢の講師から激しい剣幕で怒られてしまう。彼女は半泣きで荷物を抱えて移動していくのだが、
「そのおばさんの荷物がとんでもなくボロボロだったんだよね~」と言ったタイミングでドッと爆笑が巻き起こった。
わたしはとても辛くなった。適当な理由をつけて即座にグループから離脱した。
通信課程というのは、さまざまな事情を抱えた人が覚悟を決め、日常生活の中からなんとか時間を捻出して大学生をしている。
ましてスクーリング参加のハードルは高い。地方勢であれば遠方から大量の荷物を持って移動し、慣れないホテル生活を強いられながら、連日キャンパスに通うことになる。
経済的な負担が重くのしかかるのは当然だ。
通信課程の生徒として参加している大半はまともな大人である。その大人たちからこの子たちと同じグループの人間だと判定されることは、一社会人として恥でしかない。
あいかわらず暑かったが、外の空気は清々しく、コンビニに向かう足どりは軽かった。
ひとりぼっちはこのうえなく愛おしかった。
* * *
翌日からはキャンパスの外でお昼ご飯を食べることに決めた。ランチの時間が楽しみになった。
幸いにも美味しいお店の情報を仕入れていたので、お店選びには困らなかった。
ただ全体的にお値段が張るのは難点だった。地方とは物価が異なるのだ。
「地方で稼いだお給料で、都会で外食し続けるなんて身の丈に合わないぞ!」とわたしの中の主婦が叫んだ。
しかしこれは慣れないおひとり様旅行に対するご褒美である。その声は無視して美味しいものを食べるのは、もはや確定事項だ。
講義最終日は試験を終えると解散となる。
地方からの遠征組はこの日が帰宅日。朝チェックアウトした後は、6泊分の荷物の預け先を確保する必要がある。
ペアワーク相手の女の子は「終電まで友達と遊ぶ予定でいっぱいにしちゃったから、荷物運ぶ時間ない〜!」と嘆いていた。
スクーリング期間中は毎日、あのグループで行動していたようだ。
ちなみに彼女はもとから非常に優秀なので、単位は余裕で取れそうな様子だった。
常に誰かの都合に合わせて行動するのは、ぼっちのわたしにはしんどくてたまらない。
通信課程独自の「半期分の授業を6日で片付ける」超過密スケジュールをこなすだけで精一杯であり、「大学生」と聞いて想像するような「豊かな人生経験」を積むのは別の機会で構わないと割り切って、このスクーリングに臨んだ。
一方で、実際に通学課程の生徒が使用しているキャンパスを使用できるのだから、仲間と大学生活を謳歌することは可能ではある。
大学の方針にも「異なる学部の生徒とも交流を深め、さらなる学びを追求していってほしい」と書かれていた。
ただこれはわたしがこの数年のあいだ通信課程に在籍していて感じたことなのだが、
わたしたちが現役の大学生とまったく同じ青春をいくら望んだとしても、所詮は「模倣」することしかできない。
社会的な立場の違いというのは大変恐ろしく、どこまでいっても大学生「ごっこ」になってしまう。
叶わぬ憧れを追いかけるよりも、同じ大学や同じ境遇にこだわらず、
現状を理解してくれる人とともに過ごす時間に、最近では価値を感じている。
大学生としては「ぼっち」だが、わたし自身は「ぼっち」ではないのだ。
社会人大学生というのは、孤独な長距離マラソンを強いられる。
実際のマラソンでは1秒でも早く走り抜けられる人が優秀な選手とされるのだろうが、社会人大学生には持久力の方が大切な気がしている。
走り続けるにあたり、沿道からの応援ほど心強いものはない。
今後も疲れたら休みつつ、マイペースに走り続けることにする。
* * *
*1: 意味がわからない場合は「全通 ライブ」で検索してください。
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Webアプリケーションのプログラマ(フロントエンドエンジニア) Angular(TypeScript) / Next.js / Cypress を主に使用。
前職はピアノ技術者(調律師)。2017年からブログ「trog」を運営。
あざらしと音楽が好き。
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