番外編の女

雑記
2024/02/13
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明日はバレンタインデー。
わたしが小学生のときの話を一席。



* * *



掃除の時間に、女の子二人に話しかけられた。

「もうすぐバレンタインデーだよね。あの男の子のこと、好きなんでしょ?おうちにチョコ渡しに行ってみない?わたしたち、近くで応援してるからさ!」

わたしがあまりにも怪訝そうな顔をしたのだろう。もう一人が続けた。

「実はAちゃんもあの子のこと好きでさ、あの子の家まで行ってチョコ渡しに行こうって話になってて。あの子のこと好きなの知ってるのに、とろちゃんにだけこのこと黙ってるの、なんか変じゃん?だから一緒に渡しに行こうよ。」

「行かないなら、いますぐ大声でクラスのみんなにばらすよ?」


いまどきの小学生は駆け引きというか、交渉スキルもすごいんだなー、と。
なんなら脅迫までしてきた。

彼女たちにバレているということは、クラスに知れ渡るのも時間の問題だろう。
小学生の情報拡散力はすさまじい。まして恋愛沙汰となれば、うちの学年はやけに食いつきが良かった。
脅迫の件に関してはもはや恐れる必要などない。残念ながら、いずれバレる。


しかしまったくもって不要な情報を拡散されてしまった男の子はどう思うだろうか。
わたしが判断を誤ったばかりに今後数日間学年中……もっと悪いと学校中から好奇の視線にさらされるかもしれない。

残念ながら、わたしは小学生時代から陰キャコミュ障である。
相手のことはそっと好きでいたかったのだが、こうなってしまっては致し方ない。

脅しに屈するのは不本意だが、わたしは男の子の家にチョコを渡しに行くことに決めたのだった。



* * *



あっという間に当日がやってきた。
すぐに下校して、母親にも手伝ってもらいながら用意したプレゼント用のチョコを手に持ち、話しかけてきた同級生に指定された待ち合わせ場所に向かった。


着いた頃には、ちょうどAちゃんが渡しているタイミングだった。
同級生二人は、携帯電話でその様子を撮影していた。


当時の携帯電話(いまで言うところのガラケー)というのは、現代のスマホとはスペックが雲泥の差であり、動画撮影など不可能である。
解像度のあまりよくない写真を数十枚も撮ると、もう容量がいっぱいになる。
シャッタースピードもまったく期待できないため、狙った一瞬を写真に収めるのは非常に難しかった。

この地域はそれほど都会ではないので、生徒の大半は携帯電話など持っておらず、所持している小学生は大変貴重であった。
ましてカメラ付きの携帯電話というのは機種代金が少し高額で、それを持っているだけで恵まれた環境にあるのだとわかった。

小学生がカメラ付き携帯電話を持っている場面に遭遇したことのないわたしにとっては、すべてが新鮮すぎた。
ゆえに目の前で何が起きているのか、よく理解できなかった。


一瞬Aちゃんがチョコを渡している場面の写真を見せてくれたが、携帯電話に焦点を合わせる前に、写真はわたしの視界から消えた。
二人があまりに興奮しすぎて跳ね回っているためである。


「あー!まじやばかったー!
じゃあ次はとろちゃんの番だね。がんばってね!」


わたしは男の子の家に向かった。
一本道にも関わらず、あまりに緊張して果てしなく遠く感じた。

いざ玄関を目の前にすると心が折れそうになったが、勢いでインターホンを押した。

どうせ撮影されるんだろうなと思い、同級生のいる方に目を向けると、ニヤニヤしながらこちらを見守っていた。


インターホン越しに男の子の声がして、すぐに玄関から男の子が出てきた。

なんて言って渡したのか、もはや記憶に残ってない。
手に持っていたチョコの入った袋を渡した。男の子は大人みたいな笑顔で受け取ってくれた。
わたしはすぐにその場をあとにした。



* * *



戻ると、同級生とAちゃんは携帯電話を覗き込んでいた。

わたしは緊張からの解放感でハイになっており、同級生たちに構わず勝手に感想を喋ろうとして、

すぐにやめた。
わたしも一緒になって、携帯電話を覗き込んだ。


「いやー、二回目だからいい写真が撮れた。送信、っと!」


送信される前の画面ははっきりと覚えている。
「番外編♡」というメッセージとともに、渡している瞬間のわたしの写真が添付されていた。



自分としては、慣れないイベントをよく乗り切った、と。
心の中は達成感でいっぱいだったのだ。

他人から見た現実は違った。
自分は「番外編」だった。

よく「自分の人生の主役は自分自身だ!」なんて熱く語っている人がいるが、あんなの大嘘つきだ。
だって目の前で「番外編」として、いままさに他人に紹介されようとしているのだから。


メールの宛先は同級生たちの親友である、隣のクラスの女の子だった。
(いま考えると、メールの宛先が「クラス全員」ではなかったのは本当に運がよかったと思う。)


思えば最初に誘われた時点からわたしは「番外編」だったじゃないか。
チョコレートを準備している最中に、舞い上がって勘違いしてしまったのだ。


同級生たちになにか話しかけられた気がしたが、なにも頭に入ってこなかったので適当な返事だけして、帰宅した。


* * *


数日間は、この黒歴史を完全に記憶から抹消したくて、憂鬱な日々が続いた。
誘ってきた同級生二人とは遭遇しないように過ごした。

しばらくするとこの日の出来事を本当に忘れてしまっていた。



いつもの小学校生活を送っていたある日。
男の子の妹から廊下で声をかけられた。

「ねえねえ。好きなキャラクターとかいる?」

彼女とはこれまで一言も会話をしたことはなかった。

一応わたしが先輩なので、まず挨拶とか。あと『ですます』ぐらいは付けて欲しかったなあ...、などとダサいことを考えつつ、
「え、あの、基本的にはあざらしが好きで、キャラクターで言うとしろたんか、あ、有名じゃないよね。じゃあSan-xから出てるまめゴマもすごく好きだよ。」
と陰キャ特有の早口で答えた。

彼女はなにも言わず、ニヤニヤしながらどこかに行ってしまった。

なんだか不思議なイベントが発生したな...と思い、Aちゃんに確認してみたところ、やはり男の子の妹に好きなものを聞かれたらしい。



バレンタインデーから丸一ヶ月後。
例の誘ってきた同級生二人から「授業が終わったらすぐに下校して、絶対に家で待機してるんだよ」と言われた。

しかたなく、言われたとおりに家で待機しているとインターホンが鳴った。
いつもは絶対に出るなとキツく言われているのだが、その時だけは母親からインターホンの受話器を取るように言われた。


玄関の扉を開けると、男の子が立っていた。
わたしが渡した小さなチョコより、二回りは大きいであろう紙袋を抱えて。

なにが起きているのかよくわからなかったが、
男の子からは一ヶ月前のチョコレートへの感謝の気持ちを伝えられた。

お礼を伝えて、わたしは家に戻った。

紙袋の中には、わたし一人では期限までに食べきれないほどのお菓子と、わたしの大好きなまめゴマグッズなど、素敵なものがぎっしり詰まっていた。




翌日、同級生とAちゃんにこの事を話した。
Aちゃん宅でも同様のイベントが発生したらしい。
「あの男の子のお母さん、こういうイベント大好きなんだよね!
いいねー!ホワイトデーってやつだよー、キャー!」と同級生は盛り上がっていた。

まさか男の子のお母様や妹さんまで巻き込んでしまうとは思っておらず、なんとも申し訳ない気持ちになった。
なんだか関係者一同から面白がられているだけのような気もして、ちょっとモヤモヤした。

でも素直にうれしかった。
15年以上経ったいまもこうして、一連の流れを覚えているのだから。



* * *



付き合うとか、振られたとか、そういったことはない。これで終わりである。
この話には読者の皆さんが期待するような(?)、恋愛マンガのような展開は存在しないのだ。


わたしが番外編なのであれば、やはりAちゃんが主役でハッピーエンドなのかとも考えたのだが、
小学生の行動や言動がすべて合理的だと捉えるのは誤りだろう。
だから、そのあと男の子とAちゃんがどうなったかは全く知らない。


男の子からは、わたしがSNSで結婚報告の投稿をしたときに、祝福のコメントをいただいた。






この記事はすぐさまネットの海に沈んでいくだろう。せいぜいネットのおまいらに「番外編で草」とか言われて引用されるのが関の山だ。

直接言われたわけでもない、他人のメッセージに添えられただけの一言をいまだに根に持ってブログに投稿するなんて、まったくもって善い行いではない。



そんなわたしだが、好きな人に思いを伝えようと行動する勇気を尊重したい。

最初は本意ではなかったとは言え、わたしはあの日に行動できてよかったと思っている。

バレンタインデーに頑張る人を、陰ながら全力で応援しています。

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とろ(microayatron)
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Webアプリケーションのプログラマ(フロントエンドエンジニア) Angular(TypeScript) / Next.js / Cypress を主に使用。
前職はピアノ技術者(調律師)。2017年からブログ「trog」を運営。
あざらしと音楽が好き。

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