なんもわかんなくて草
歳を重ねるにつれ、時間が惜しいと感じることが増えた。
日中はプログラマとして働き、帰宅後は家電をフル稼働させてなんとか主婦業を終わらせ、一人の時間を確保したら大学生としてほどほどにレポートに取り組む。
どれも全力を出すと潰れるのはわかりきっているので、それなりにやっている。
しかしさすがに「時間が足りない」と思うことが増えてきた。
外へ夕飯を食べに出かけた。
待ち時間にスマホを弄っていたのだが、どうにも隣のテーブルの会話が気になってしまった。十分な声量であったから、容易に内容を聞き取ることができてしまった。
女性の友人どうしで近況報告を交わしていた。話題はそのうちの一人の婚約者への愚痴で持ち切りとなり、いっこうに止まる気配を見せない。
そうこうしているうちに、注文した料理が運ばれてきた。
わたしは食事を始めた。
相変わらず隣のテーブルの会話は弾んでいる。
彼氏彼女のうちは個々人の付き合いだったが、いざ結婚となれば家と家の結びつきと捉えるご家庭なのだろう。わりと面倒な状況だ。
マッチングアプリで知り合ったらしいが、数万課金したらプロ仲人のおばさんが出てきて全部解決してくれるオプションはないのだろうか。
聞いてるだけで心が削られていく思いだ。イヤホンを家に忘れてきたことを後悔した。
* * *
わたしという人間は、「友人に近況を報告する」というのがどうも苦手らしい。報告したくなればそうするし、でも基本的には近況を教えたくないみたいなのだ。
女が複数人集まれば、会話は弾んでいるはずなのに殺伐とした女子会が開催されることもしばしばある。
インスタ映え個室居酒屋は、マウント合戦が繰り広げられる戦場へと変貌を遂げるのだ。
夏休み、忘年会などの節目に女子会は開催される。
酒・料理・デザートは毎回必要となる。
加えて誕生日のメンバーがいればパーティとなる。
プレゼントは徐々にインフレしていき、デパコスを渡すのが常識となってしまった。
毎度の合戦には多額の軍資金が必要なのだ。
単身と家族がいる世帯では生活費の使い方は多少異なる。
当時、自分のために使うお金はかなり切り詰めていた。
コロナ禍に突入した。わたしの職場では複数人での会食はできるだけ避けるよう言われた。
これは都合良く休戦になるだろうと踏んでいた。
が、他メンバーはとくに制限がなかったらしい。
誠に自分勝手なことだとは思ったが、思い切ってメンバーにLINEを送った。
『女子会への参加はしばらくお休みするね。毎回の支出が経済的に辛いのと、みんなの職場とうちの職場とでは飲み会への制限が違うみたいで。職場で肩身が狭くなるのは辛いし。ごめんね。』
すぐに返事があった。
『わかる!!!』
あまりにストレートな返事に、呆気にとられてしまった。
とても共感できる、という意味なんだろう。きっと。
でもいま欲しいのはその返事じゃないんだよなぁ……
指先はいつまでも空を切り続ける。
欲しい回答、満足のいく回答が得られなかったとき、会話を続ける気力が湧かない。
わたしは以前よりもこだわりが強くなったと感じる。
仮に先述の隣のテーブルのような、婚約者とのいざこざについて友人から相談されたとしても、受け止める余裕がいまのわたしにはない。
友人と一瞬で繋がれる世界というのもなかなかしんどいものである。
* * *
現代は一生のうちでは楽しみきれないほどの娯楽に溢れている。
時間への価値観は変化し続けている。
あらかじめ「楽しい」が約束された時間かどうか、ファスト映画で確認してから映画館に行く人が現れるほどに。
最近の10代は友人と行きたいカフェを見つけたときにTiktokリンクを共有するらしい。
なんにせよ事前の情報収集というのは、タイムパフォーマンス向上を目指す情報社会ならではの人生サバイバル術として多くの人が取り入れていることだろう。
そんな時代に逆行しているが、「楽しい」が保証されていないにも関わらず、久しぶりにクラブイベントに行った。
出会いの場としてのクラブにいっさい用はない。そういう類のものとは別の場所にある、音楽好きたちがひっそりと集まる巣窟が存在する。
それはわたしも同様で、ただ良い音楽が聴きたいだけだ。
しかし夜中はとてもじゃないけど起きてられないし、スピーカーから流れる大きな音が苦手で、普段は足を運ぼうとも思わない。
夫がライブやDJ出演で呼ばれていたとしても、いってらっしゃい私は寝るから、の姿勢を貫いている。
今回は、昼間のイベントで景色もいいので奥さんも一緒にどうですか、と夫の友人から誘われたので聴きに行くことにした。
新婚のときは夫の友人に挨拶するのがこのうえなく憂鬱だった。
知り合いのいないコミュニティに放り込まれて疲れるだけだ。
最近では初めましての人が減ってきたおかげで、わたしを「奥さん」ではなく「わたし」だと認識してくれる人が増えてきた。
遠くで古いレゲエが鳴り響く中、海を一望できる場所でみんなと夕日が沈んでいくのを眺めた。
これまで存在しなかった青春の一コマを、いい歳した大人がやり直しているようだ。
なんだか笑ってしまった。
あれこれ悩んでいたことのすべてがバカバカしくなるほどに、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
* * *
何に価値を見出すのかは一人ひとり違う。
一人の時間を最優先した結果、友人と疎遠になるという選択もまた尊重されるべきである。
まさか友人がいない理由を正当化することになるとは。
ずいぶんと贅沢な人間になってしまったものだ。
* * *
参考: 「ファスト映画を見て衝撃を受けた」 著作権を知らず“映画愛”の表現を間違えた元投稿者 - ITmedia NEWS https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2208/01/news177.html
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Webアプリケーションのプログラマ(フロントエンドエンジニア) Angular(TypeScript) / Next.js / Cypress を主に使用。
前職はピアノ技術者(調律師)。2017年からブログ「trog」を運営。
あざらしと音楽が好き。
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