調律師をやめました【退職エントリ】

調律師として一年ほど楽器店で働いていたわたしですが、プログラマとして働いている期間のほうが圧倒的に長くなりました。

以前調律師として働いていたことを話すと、たいてい聞かれることは限定されるんですが、わたしの人見知りと存在感の薄さが影響して本当に話したい部分まで話すこともなく流れていきます。

もうずいぶん前のことになりますが、調律師だったわたしの退職エントリです。

調律師とは

調律師はピアノのチューニングをする専門家です。

例えばギターは自分で6本のペグ(糸巻き)を回して弦の張り具合を調整して音の高低が変えられます。

ピアノは外装部品を外すと調整できるようになりますが、88本の鍵盤に対して調整のためのチューニングピンは220本あり、演奏者自身が調整するにはそれなりの前提知識が必要になります。 (出典:ピアノ - Wikipedia)

そこでプロの調律師が登場して1時間~2時間ほど調整を行い、演奏者にピアノを心地よく弾いてもらえる状態になるよう、音だけでなくタッチや響きも丁寧に調整していきます。

調律師にはみんな絶対音感があるの?

必要ありません。

まず絶対音感の説明をWikipediaから引用しておきます。

ある音(純音および楽音 )を単独に聴いたときに、その音の高さ(音高)を記憶に基づいて絶対的に認識する能力 (出典: 絶対音感 - Wikipedia)

絶対は相対の反対語ですので、相対音感についても引用しておきます。

基準となる音(純音および楽音)との相対的な音程によって音の高さを識別する能力 である。 (出典: 相対音感 - Wikipedia)

調律師はまず音叉の音と比較して、左から49番目のラの鍵盤の音を合わせます。 細かな説明は省きますが、ラの鍵盤を基準にして12音を作り、12音を基準に88鍵全ての 音を合わせていきます。

基準となる音を鳴らして、作業中の鍵盤の音と1/100Hzの狂いすらないように、チューニングピンを回して音を合わせる作業の繰り返し。

つまり調律師が行っているのは音どうしの高さを判別する作業であり、最低でも隣り合った鍵盤の音の高低がわかる人であれば、誰でも調律師の素質があります。

わたしの絶対音感

調律師であったこととは関係なく、わたし自身は絶対音感持ちを自称しています。

エアコンの音や電話の呼び出し音などはたいてい12音のどれかに割り振られます。 アブラゼミはレ#からミ、クマゼミはミからファでのあいだで鳴いているのをよく聞きます。 ただ黒鍵は個人的に判定が苦手で、白鍵より考える時間が長くなります。

周波数表を丸暗記して、聞こえた音の周波数を考えるのがマイブームです。 暇つぶしにはもってこいですが、生活においてなんの役にも立ちません。

カラオケでの転調が大の苦手です。原曲キーを思い出して指を折って数えてから、次の音を喉から絞り出す作業をしています。

絶対という語感が強そうに感じますが、相対と比較したときに絶対というだけです。ただのabsoluteなんです。 つまり数多の音の中からドだけはわかる、ラだけはわかるという方も立派な絶対音感持ちです…!

英和辞典によるとPerfect pitchも絶対音感みたいですが、こちらは完全音感を自称する方を探してお話を聞いてください。

退職を決めた日

楽器店従業員の正社員として働くなかで「十年後にはこの人みたいにカッコよく働きたい」と思える憧れの社会人像ができてきました。

しかし働きはじめてもうすぐ一年になるというところで、ひとり、またひとりと中堅社員が退職していくようになりました。そしてついにはわたしが理想の社会人像だと憧れていた営業さんも退職していきました。

ベテラン社員によると、たとえ店長になっても額面で18万、役職手当はなし。 全社員共通ですが残業をしても残業代は出ませんでした。 わたしの月給を時給換算した額より、パートさんの時給の方が200円以上高くてうらやましかったです。

そこそこ市街地ですので物価などはご想像の通りです。楽器店従業員ひとりの給料で家族を養える金額ではありません。

楽器店従業員としてのロールモデルたる人物が次々に退職していったことに、わたしは知らないうちにショックを受けていたみたいです。 調律師として働くことが小学生の頃からの夢で、実技の点数ギリギリでなんとか修了証書を受け取り、ようやく夢を叶えて楽しい毎日が待っていると思っていました。

3月の最終日。38℃の熱が下がらず、その日は職場に向かうことができませんでした。 一日の食事としてウイダーinゼリー2つしか喉を通らなかったり、朝起きてから自宅に帰るまで37.5℃の熱が下がらなかったり、思いあたるカラダのサインは以前から出ていました。

すぐに内科を受診し、点滴部屋へ。 保育園児のときからお世話になっている男性の先生が診察の合間にやってきて「そんなに無理をしてまで仕事に行かなくていい。」と声をかけにきてくださいました。

病院でのできごとを自宅に帰って母親に話しているうちに、自分の中でも翌日から会社に行くことが嫌になってきました。母親はわたしの選択を尊重してくれました。

当時わたしはまだ20歳で実家暮らしでした。専門学校の学費360万は両親が出してくれたものですので、父親に報告する義務があります。 その晩、単身赴任中の父親にも、会社を辞める決意をしたことを電話で伝えました。父親はあまりに突然のことに動揺していましたが、わたしの選択を受け入れてくれました。

4月は働きませんでした。部長に呼び出され、引き止め...というよりは1時間弱の説教を受け、高熱でフラフラになりながら帰宅。 有休を申請したことのある社員が珍しかったおかげで、労働者の権利である10日間の有休取得を主張するも、お局様と言い争いをするハメになりましたが、なんとか主張を通し有休は認められました。 また別の日に社長に呼び出され、今度は1時間半の話し合いの中でしっかり引き止められました。最後は根気との勝負でしたが、退職届が受理され、離職票を持って帰宅しました。

楽器店に再就職しなかった理由

前述しましたが調律の実技の修了試験は点数ギリギリアウトでした() 学科は満点で修了できたことは唯一の誇りでしたが、それだけでした。 同じ作業を繰り返すことは苦ではありません。練習することも面倒だとは思わなかったので、暇を見つけては調律の練習部屋に篭り、同期や講師に教えを請いました。 しかしわたしが調律するより、キレイな音に仕上げられる人がたくさんいます。わたしと同じ時期に調律の勉強を始めたにも関わらず。

入学時に想像していた希望の進路には進めませんでした。同期のなかで最も早く求人がきてしまい、状況がよくわからないままわたしの就職先は決まりました。実技の点数が修了証書を受けとるにふさわしくない点数なのに、就職先だけは決まってしまうというなんとも贅沢な状況下で文句を言うことなどできませんでした。

「ひとりも欠けることなく、またみんなで集まろう。」 別れ際に、同期が言いました。一年間同じ寮で一緒に生活をしてきた仲間で、次に会うときは立派なプロの調律師です。 しかしわたしにはその自信が全くないことに気がつきました。


就職してから調律の技能を伸ばせる保障はありません。プログラマとは違い、自宅で勉強すればどうにかなるものではありません。調律師をスキルアップさせられる設備の整った会社は少ないです。

実際、就職してからは調律する機会自体にあまり恵まれませんでした。 1日に4~5台調律しなきゃいけないピアノ展示会の準備、というものもありましたがそれすら年に1回です。 スキルアップのためには通年ピアノを触れる機会が必要でした。そのためには自分で営業して、ピアノをお客さんに販売して、毎年調律に行けという方針です。 調律師とか営業とか役職がわかれている意味がよくわからなくなります。

自分は営業ができる人間なのかわからず仕事をはじめましたが、やはり向いていませんでした。 退職を決意したとき次は絶対に営業予算のつかないような職業に就きたい、と強く思いました。

そのあと突発性難聴と診断されたことも、楽器店に再就職しないことを決意する決定打になりました。

そしてプログラマになった

調律師は専門職です。高校を卒業したあと専門学校に入って1~2年調律の勉強をしてから、楽器店へ就職することで調律師になる人が多いです。 わたしが調律の勉強をしたのは某Y社の研修施設ですので、学歴として扱ってもらえず最終学歴は高卒です。

大学を出ていればまだ中途正社員の道へのスタートラインに立てたかもしれませんが、調律の勉強しかしていない高卒女の就職先はそう選べるものではありません。

4月末に退職したため、大学生になるには一年の空白期間が発生します。

高収入バ〇ラも検討しましたが、生涯この分野で稼ぐのはわたしには向いてないなぁ、と諦めました。当時の彼氏と遊ぶ金はほしいけど、しばらくは働きたくないのが本音でした。

そんなクズニートを見かねて、母親はわたしを職業訓練校にぶち込みました。

マイコン制御やはんだづけなど組込分野の基礎知識を学べるコースでした。 同期には非常に恵まれました。授業についていけずアパレルショップやカフェで働くことを考えていましたが、同期にわからないところを教えてもらううちに楽しさがわかってきたので、結局プログラマに転職することを決めました。

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現代にはさまざまな娯楽が生まれ、以前ほど楽器が売れない時代が続いています。 楽器店の労働環境は悪いです。日本の音楽業界全体が傾いているのは各社株主向けの資料を読めば数字に表れており、否定できない事実です。 すでに部外者ではありますが、陰ながら音楽業界全体の労働環境が良くなるように願っています。