ふと思い立ってMaison Margielaの財布を買った

2021/11/07
post-hero-image


感染者数が減ったいまがチャンスとばかりに、わたしは旅行に出た。



一日目はオフ会、岡山へ移動して一泊、二日目は倉敷一人旅を満喫した。

二日目の朝、岡山から倉敷へ向かう電車のなかで軽く持ち物を点検していた。
あまり容量のないショルダーバッグの中で、COACHの長財布が幅を利かせている。



3年前、ドンキで買って愛用していたLEVI’Sの長財布のジッパーが完全に壊れた。

もうジッパー開閉式の財布はこりごりだと思い、メンズにも関わらずCOACHの二つ折り長財布を代わりに購入した。
「次はこれを買おう」と数年前から楽しみにしていた財布だった。

いまでは至るところのコバが剥がれ落ち、どこから出てきたのかわからない糸が飛び出している。

頻繁にクレジットカードを出し入れしていた箇所はかなり擦れ、ブランド物の財布というにはみすぼらしい有様だ。

Google先生曰く、どうやら修理費は購入金額と同程度になりそうだった。



「新しい財布が、欲しい。」



少し前からMaison Margiela(以下、マルジェラ)がほしいと思っていた。
わたしにはそんな素敵なブランドの製品はご縁がないだろうと。

わたしは普段から自宅に引きこもっている人種ゆえ、店舗に入るにはどんな服装で、どんな靴で入ればいいのかもわからない。

岡山駅に戻ればマルジェラを取り扱っているセレクトショップはあるようだった。

旅行中なので当然ながら、いま着ている服、はいている靴で入店することになる。



「お客様のお召し物は当店のイメージにふさわしくありません。お引き取りくださいませ。」



…なんて店員さんに言われないだろうか、とそわそわした。




わたしは一度欲しいと思うと止められない性格だ。

住んでいる県ならともかく、遠く離れた旅行先なら、引き止められてもせいぜい土産話になるだけだ。

倉敷散策を終え、ようやく到着した電車に乗って岡山に戻り、セレクトショップに特攻した。



* * *



紳士物の小物が並ぶショーケースに「ころん」とひとつ、マルジェラの財布が飾られていた。

店員のお姉さんに頼んでショーケースを開けてもらい、お目当ての財布を手に取り、値札を見て仰天した。まあブランドとはそういうものだ。


「これ新作なんですけど、ラスト一点なんですよ〜!」


果たしてマルジェラ級ともなると新作というのはそんなすぐに売れてしまうものなのか?

実際は「『新作を一点しか仕入れていない』の間違いだろうな。」と思いつつ、いったん店を出る。



服を買う時もそうなのだが、いったん店員さんの接客トークをシャットアウトして一人になりたい。

今回はさすがに家計簿(自分用)とも相談した。

今月の予算からは大幅にオーバーするものの、どうせ地元の店舗に入店する勇気はない。
悩んでいるうちに日が暮れて、終電がなくなるのもまずい。

一目惚れの品は購入したほうがよいという結論に達した。


こうして念願のマルジェラを手に入れた。





箱から取り出すとヤギ革の柔らかさに驚いた。

スナップボタンを外して財布を開くと予想以上にふにゃふにゃで、手から滑り落ちてしまいそうだった。


COACHに入っていた現金やカード類を移し替えようとしたときにようやく気がついた。


カードポケットが、少ない。


わたしはクレジットカードが推しであり、プラスチックカードを持ち歩きたい派だ。

クレカだけではない。免許証や健康保険証、診察券。まだガラケーすら持っていなかった頃に固定電話の番号を登録してしまったためにSMS認証ができず、モバイルアプリへの移行ができないまTポイントカードもある。

カードポケットの裏側のスペースもフル活用しても、6枚。

カード入れ部分の革はまだ硬く、全て使うと小銭が取り出しづらくなる。


やはりわたしにマルジェラはふさわしくなかったと落ち込んだ。勢いで買うんじゃなかったと後悔した。




ふとCOACHの財布を眺めると、容量以上につめこまれたレシートや割引券でふくらんでいた。

カードポケットが少ないから、非機能的だとか、そういうことではない。

そもそも財布に物を入れすぎていたのだ。



* * *



持ち歩きたいカードはAirtagと一緒に小物用ポーチへ。

新しいマルジェラの財布には頻繁に使うカード一枚と、どうしても持ち歩きたいお気に入りのカード二枚、現金を入れた。

レシートとお札が同じ空間なのは不便なので、100均で購入したレシートホルダーの中へ。

割引券は台紙が硬く、札入れスペースにいれると財布を折り曲げづらかった。

財布の中に入れるのはやめて、ちょうどいい大きさのクリアケースにぶち込んだ。




マルジェラの財布は、機能的で、容量の小さなカバンでもスペースを占有しない、わたしのような庶民にも使いやすい財布になった。

キャパオーバーで膨らんでいたCOACHの財布は、住人がいなくなった廃墟のようにくたびれていた。

わたしは財布を酷使しすぎたのだ。



いい機会なので社会人になったときから使っている定期入れも点検してみると、こちらはもはやコバが残っていない。

まるっと一周どこかへ行ってしまったようだ。おまけに糸…というよりほぐれて繊維になったものがあちこちから飛び出している。

この定期入れは自分できれいにするとして、存在を忘れかけていたkate spadeのカードケースを定期券の代わりにしようと取り出した。

ほとんど使っていなかったこれですら、コバが取れかかっていたり、一部が剥がれてなくなっている。


断捨離が推奨される昨今だが、これらはまだ十分に使えるものだ。

きちんとお手入れさえすれば。

数ヶ月に一回でも、年に一度でもいいから、愛用品を手入れする時間を設けていれば、こんなことにはならなかった。

こう感じることができたのは、マルジェラを買ったからだけではない。
きっかけはCOACHの財布がボロボロになっていたことだったのを忘れてはならない。

庶民庶民と言っておきながらとんでもない話だが、マルジェラはあくまで代わりの器。
COACHの財布を休ませることを優先するなら、財布なんてなんでもよかった。

でもこだわりが強くて、我慢ができないから、マルジェラの財布を選んだ。残念ながら、これがわたしなんだろう。



* * *



平日は仕事行って帰るだけの日々。疲れ果てて家事をするのもやっと。

決して疲れを放置していたわけではないのだが、ついにあまりの痛さで涙が止まらないほど頭痛がひどくなった。

近所の整体でマッサージしてもらったおかげで頭痛と肩こりがずいぶん楽になった。




職場PCが悲鳴をあげた。
いままさに担当しているWebアプリのリリース準備真っ最中だといういうのに。

メモリ不足のため処理を実行できません。



RAMではない。1TBもあるCドライブのストレージは残り数GBほどしか余裕がなくなっていた。

大量の不要なファイルと、乱立させたVM(*1)が原因だった。300GB以上のファイルを削除したおかげで、リリースの準備がいつもよりはかどった。




コロナ禍に入り、自分を見つめ直す時間が増えた人が多いと聞く。

わたしは稀に在宅勤務の日が発生したものの、とくにそういった余裕は生まれなかった。
もともと定時で帰っているからだろう。

なのに毎日使うものを見つめ直す時間すら確保できていない。
壊れた物は捨てて買い替えることが常識となった大量消費時代に生まれたわたしには、いままで必要のなかった時間なのかもしれない。

この時間の必要性は、文字通りボロボロになるまでわたしのために働いてくれた、COACHの財布が教えてくれた。




環境のためだとか、誰かのために行動できる余力は到底残ってない。

その行動の結果、まったく知らない誰かさんの儲けにつながるなんて、目も当てられない。

自分のお手入れに一番時間をかけられる人は、ほかでもない自分自身だけだろう。
昨今のご自愛ブームに乗っかるのも案外悪くなさそうだ。

ご自愛時間をルーティンの一部にすること、そして数か月に一度でもいいから愛用品のメンテナンス時間を確保することが、27歳最初の目標になった。



* * *


*1: バーチャルマシン。お手持ちの物理PCの中に構築できる、コンピュータの動作を再現するソフトウェア。