amazarashi 無題 歌詞解釈

傘も持たず、横殴りの悲しみに雨曝しの君よ。どうか挫ける事無く、光に進め。 ---amazarashi 誦読『つじつま合わせに生まれた僕等 (2017)』Music Video 動画説明欄より

アザラシ大好きなあやとろはamazarashiファンでもあります。 今回は私の心を捉えて離さなかったこちらの曲について。

amazarashi 『無題』

説明欄にもあるように絵描きの成功と挫折が歌われている。 恥ずかしながら最初はMessage Bottleの1曲として聴いただけであり、絵描きと彼女が仲直りするまでのハッピーエンドな歌詞とばかり思っていた。既にMVを見た方はお気づきであろうがそんな流暢な話ではないことからコメント欄や各歌詞解釈ブログでも議論が交わされている。

歌詞は以下のサイトから確認できる。 https://sp.uta-net.com/song/94704/ 動画を見ていない読者は以降ネタバレとなってしまうことを注釈しておく。それでは本題に入ろう。


私がMVを見るまで勘違いしていた描写は大きく分けて2点ある。

ひとつはこの歌がハッピーエンドではなかったこと

もう一つは彼女が絵描きと別れたのは絵描きに甲斐性がなくなったからではない、という点である (※筆者は最近嫁いだのだが、旦那が金を運んでこなくなったら実家に帰ると決めている)

まず1点目から掘り下げていこう

歌詞を見る限りでは「気づけばどれくらい月日が過ぎたろう」より後では「桜模様の便箋にただ一言」とあることから彼女が絵描きの絵を買ったことがわかり今後の展開に期待できるように思えるが、MVでは”多目ボール”に睨まれて以降絵描きが登場しない

Youtubeのコメント欄及びブログで歌詞解釈を綴られている方が仰るとおり「その日久々に1枚の絵が売れた」時には既に主人公はこの世にいない、という意見に賛成だ

「でも今じゃ褒めてくれるのは 一緒に暮らしている彼女だけ でも彼はそれが幸せだった」 「小さな頃から絵が好きだった 理由は今じゃもうわからないよ 褒めてくれる人はもういない」

”成功と挫折”の前後のこの歌詞から衝動的に自殺したともとれるが果たして本当にそうだろうか。「増える絵にもう名前などない」以降MVでは絵描きは筆につかまって漆黒の海を漂流する。

遡れば彼女とケンカする描写の後、放心状態のままの絵描きは髪や髭が伸びてもなお絵を描き続け、走馬灯を見て最後に思い出すのは彼女の寝顔であり、そこでようやく涙を流すのだ。

お涙頂戴のラブストーリーかよ、と興ざめしてしまったのだが。 失くしてしまってから絵描きにとって彼女は唯一無二の存在であることに気づいたのではないだろうか。絵描きは最期に黄色い物体に向かい手を仰いだ後、その正体たる多目ボールに睨まれ海に沈む。 沈みゆくその瞬間まで筆を離していないのだ。

彼女を大切にするべきだったという後悔、世間からの批判に対する不安、 誰からも褒められない自分はもう必要とされていないのではないかという孤独感に押し潰され、生きる力が尽きてしまったという描写だと推測する。


2点目に話題を移そう、「すれ違いが増えた2人はやがて別れた」理由である。

カッターナイフで絵描きの描いた絵を切り裂いたり、絵描きの首を絞めたり、傍から見れば随分気の荒い女だ。

「でも今じゃ褒めてくれるのは 一緒に暮らしている彼女だけ」 「彼女も『素敵ね』と笑った 誰もが目を背けるような 人のあさましい本性の絵」

絵描きの作品に対し理解のある彼女が、絵描きの挫折後激怒した理由にヒントがあると考える。

彼女は「描きたかったのは自分のこと 自分を取り巻く世界のこと」 「もっと深い本当の事」を描く絵描きを褒めていた。

「まるで潮がひくように人々は去った」後、絵描きは人の形をした何かに追いかけられ飲み込まれる。絵描きは激怒する彼女の話を聞いているのかわからないような生気を失った顔で立ち尽くす。「人のあさましい本性の絵」は自分の深い部分を表す最高傑作であった。

彼が納得する作品が出来上がり彼女も嬉しかったはずだ。 絵が売れる前は彼女が褒めてくれるそれだけで絵描きは幸せを感じていた。 彼女の愛した絵描きは世間から批難されただけで筆を置いてしまうのか。

自分の中のもっと深い本当の事を描くんじゃないの ねえ何とか言いなさいよ 他人からの評価がそんなに気になるの それなら床に散らばったこの絵は、あなたの描きたかった絵じゃないわ ビリビリビリ........

そんな声が聞こえてきそうな剣幕の彼女。 自分が怒鳴った後に、ぎゅっと抱きしめられたらドキッとするではありませんか...!

彼女の気を知ったか知らないか 後ろから彼女を包み込......? .......絵を取りにきただけ。

話を聞く気がない素振りをされてはたまったものではない。 きっと絵描きには私という存在は必要無い。私と一緒にいても嬉しくなくなったのだろう。 彼女にそう判断されてもおかしくない行為だ。いつからこうなってしまったのか。

絵描きが絵を描く理由が変わってしまった? 絵描きが茫然自失で立ち尽くし、彼女とコミュニケーションをとらなくなったことに対して彼女がヒステリーになりすぎている?

「変わっていくのは いつも風景」

二人は何も悪くないのだ。

久々に売れた絵描きの遺作は彼女を描いた作品だった。 彼は自分を取り巻く世界として彼女を題材に選んだのだ。

大切な人を構成するひとつに、自分という存在が入っていたら嬉しいじゃないですか。

彼女の「信じてたこと」は絵描きが生涯「自分」を描き続けるという行為で幸せになること。最期まで筆を離さなかった絵描きが大切な彼女を描くことで幸せになれたのなら信じていたことは「正しかった」のだろう。

物語はこれでおしまい、MVの最後に絵描きの描写があるが髪が伸び切っていることから復縁したことは期待できない。

木造アパートの一階はもぬけの殻であり、彼が立っているのは桜が舞い散る大きなキャンバスであることからあの世から桜模様の便箋の返事たる絵を描こうとしているのではないか。


二人は悪くない、と書いたが現実にこのようなカップルがいるならとてもまずい。 お互い自分の気持ちを伝えるのが下手くそすぎる。言葉なんて要らないなんて嘘だ。 今すぐ積極的にコミュニケーションをとるように勧める。

全く他人の心配をしている場合ではない。 結婚してから旦那が音楽に関わる時間が増えすぎて、私が精神的に参る場面が幾度もある。 この二人を反面教師にしなくてはならないのはどうやら私のようだ。